水中遺跡の発見

古代の遺跡調査はとかく興味深い。我々のルーツや、祖先がどのような生活をしていたのかを知ることができるばかりか、遺跡の多くに至っては、「どうやってこれを作ったのだろうか?どうやってそこに運んだのだろうか?そもそもそれは可能なのだろうか?」という謎を常に残している。

我々は今も遺跡の発掘を続けているわけであるが、そもそも地球はその70%が水で覆われており、それが海であろうが、川や湖であろうが、水面下に何が眠っているかなど予測もつかない。沈没した都市や海水の上昇により失われた歴史を取り戻すことはできないかもしれないが、我々のこれまでの発見をご紹介しよう。

歴史上初の海戦跡

写真:National News and Pictures
写真:National News and Pictures

2013年、考古学者らが歴史上初めての海戦跡を発見したと報じられた。これは紀元前241年に地中海の覇権をめぐり、共和制ローマとカルタゴとの間で起きた第一次ポエニ戦争において、最後の戦いとなったシチリア島沖のエガディ海戦だと考えられている。海底から2000年以上も前の兵器や破城槌、ヘルメット、アーマー、船の破片などが数多く発見された。この海戦において、ローマ人によって50隻ほどのカルタゴの船が沈没し、1万人以上もの死者が出たと推測されている。史上初の海戦は血みどろの結末を迎えたのだった。

沈没都市 パブロペトリ遺跡

写真:Discovery
写真:Discovery

ギリシャ南部のラコニア湾に、5,000年前のものと推測される海底都市が眠っている。パブロペトリと名付けられたその都市は、世界最古の海底都市だと推測されている。発見からは、この都市は非常によく設計され、道路や寺院、庭園、倉庫、家ばかりでなく、水道システムも整備されていたことが明らかとなっている。2009年、同都市の規模が9エーカー以上もあり、紀元前2800年ころ人々が暮らしを営んでいたと発表された。パブロペトリは紀元前1000年に地震や大陸移動によって沈没したと考えられているが、保存状態が良く、考古学者らは、このかつては栄えていた都市の正確な3Dモデルを作成することに成功している。

古代エジプトの都市 ヘラクレイオン

写真:Franck Goddio
写真:Franck Goddio

2000年、フランス人水中考古学者のフランク・ゴディオ氏が率いる欧州海洋考古学研究所のチームが、アレクサンドリア近くのアブキール湾の深さ30フィートのところに、1200年前に沈んだとされる海底都市を発見した。ギリシャ人にはヘラクレイオン、エジプト人にはトロニスと呼ばれていたこの都市には、地中海とナイル川とを行き来する交易船が必ず通らなければならない港が設けられていたことが明らかにされている。ここからは16フィートもの高さの神像や金貨、(ギリシャは)アテネの分銅など、数百点もの遺物が発掘されている。この都市には大きな建物が建設されていたが、土壌が粘土質であったため、建物の重みに耐えられず、地震の際に沈んでしまったと考えられている。

古代沈没船が眠る世界最大の墓場

写真:National Geographic
写真:National Geographic

2015年以降、ギリシャのフルニ島などの沖合で古代ギリシャの沈没船など22隻が発見された。今日では小さな島々の集まりに過ぎないが、かつては海洋貿易の拠点として栄えていたこの地では、古くは紀元前480~700年頃の沈没船に加え、16世紀頃の沈没船までもが見つかり、「古代沈没船が眠る世界さいだいの墓場」と呼ばれている。歴史学者らは、沈没船から回収された遺物から、この数百年間にわたる航海技術の進歩や、船乗りらの生活などについて明らかになると期待している。

沈没した貿易船 Hanneke Wrome

2015年、沈没船探査の経験を豊富に持つフィンランド人ラウノ・コイヴサーリ氏率いる水中考古学チームが15世紀にハンザ貿易で使用されていたハルク船「Hanneke Wrome」を発見したと発表した。フィンランド沖で沈没したHanneke Wromeは、ドイツから2隻で航海していたうちの1隻の船で乗客200人を乗せていた。当時の記録によると、布地200箱、ハチミツを1,200バレル、10,000枚の金貨と宝石を積荷として運んでいたようで、価値にしておよそ1.5億ドル相当と推定されている。その残骸から、発見したチームはこの船がHanneke Wromeであると確信し、調査によってさらに金貨などが見つかることを期待している。

アンティキティラの沈没船

写真:Smithsonian Magazine
写真:Smithsonian Magazine

1900年、今やアンティキティラの沈没船として知られている船は、ギリシャのクレタ島とペロポネソス半島との間にある小さな島、アンティキティラ島の西岸沖で海に潜って海綿を採取していた人達によって発見された。紀元前60年頃に小アジアからローマまでを航海していたのだろうと推測されている。沈没船の残骸からは、宝飾品や銅像、ガラス製品等々多くの遺物が発見され、今ではアンティキティラの機械と呼ばれる遺物が回収された。これは太陽やその他惑星の運行を計算し、日食・月食を予測できたと考えられている。この沈没船については100年以上も前から知られていたものの、考古学者らはさらなる発見が期待されると口をそろえる。

驚くべき人類の痕跡

写真:Tallahassee Democrat
写真:Tallahassee Democrat

1983年~1997年にかけて数度にわたり、フロリダ州アウチラ川にある陥没穴が調査されたが、人がつけたような印があるマストドンの牙が見つかった以外に、特にこれといった発見はなかった。考古学者らはあまり遺物が見つからないことや、川底の発掘が非常に難しいことから、ここは調査する価値のない地域だと考えていた。しかしながら、2012年~2014年にかけて、石器や骨、原始人の包丁など明らかに人類が暮らしていた証拠が数多く発見された。この発見は、人類が以前考えられていたよりも1,000年以上も早くこの地域に定住していたということを意味している。発見されたのは14,550年以上も前のものであり、陥没穴は当時、「最初のアメリカ人」が暮らしていた小さい湧水地だったと結論付けられる。

沖合数百メートルの古代戦場

Photo: National Geographic
Photo: National Geographic

2015年、考古学者の国際チームは、これまでに所在が分かっていなかった、かつて古代都市ケインがあった島を発見した。その島はエーゲ海東部に位置しており、ペロポネソス戦争末期の紀元前406年、スパルタ軍とアテネ軍によるアルギヌサイの戦いがあった場所だと言われている。現在ギャリップ諸島と呼ばれるアルギヌサイの島々は、トルコ沖からわずか数百メートル離れたところにあり、ケインが位置すると考えられている3番目の島にあたる。さらに当時は島ではなく陸続きで半島まで繋がっていたが、浸食によって土が流され、現在のような島になったことが明らかにされている。

小さな少女、スウェーデンの湖底から1,500年前の剣を発見

Lyra3141 / Twitter
Lyra3141 / Twitter

8歳の少女、サーガ・バネチェクが、スウェーデン南部にある家族の別荘近くで石を拾っていた時だった。なんてことない普通の一日を過ごしていた彼女は、なんと33インチの剣を発見したのだ。サーガは武器を見つけ、頭上にかかげて父親に向かって叫んだ。「お父さん、剣があった!」この発見により、サーガは一躍有名になり、「スウェーデンの女王」や「北の女王」と呼ばれている。剣は木や皮、金属が使われており、1,500年くらい前のバイキング時代のものだろうと推測されている。現在はスミソニアン博物館にて展示されている。

ヴァン湖に眠る古代トルコの城塞

写真:Mother Nature Network
写真:Mother Nature Network

2017年、考古学者らがトルコのヴァン湖の探査をしていたところ、湖底で城塞を発見した。ヴァン湖は紺碧色の美しい湖で、観光地として有名だったため、この発見は非常に驚くべきものだった。この城塞跡は全長1キロメートルにわたって続いており、目で確認できる城壁は10~13フィートにも及んでいる。これらの遺跡はおよそ3,000年前、鉄器時代のウラルトゥ王国の統治下に建設されたものだろうと推測されている。当時、ヴァン湖はウラルトゥ王国の拠点として機能していたようだ。いつしか湖の水位が上がり、都市を飲み込んだのだろう。湖底からはウラルトゥ王国の最古の記録となる碑文が見つかっている。

水中洞窟 Sac Uayum

メキシコはユカタン半島にある、Sac Uayumとして知られる水中洞窟を調査していた考古学者らは、何とも興味深い発見をした。この洞窟は、石灰岩の浸食によってできた陥没穴に地下水が溜まった天然の泉、セノーテであり、何世紀もの間、地元民の間では呪われた洞窟として言い伝えられてきた。この調査によって、元々は別の洞窟と思われていた2つの洞窟が繋がっていることが判明した。さらに、発見された頭蓋骨には引き伸ばされたような跡が見つかっているが、これは古代、慣習として子どもに行われていたようだ。この発見から、考古学者はセノーテが生贄を捧げる場所ではなく、伝染病によって死亡した人達を埋葬した墓だと結論付けている。

デンマーク王国海軍旗艦の船首像

2015年、15世紀のデンマーク軍艦、Gribshundeから船首像が引き上げられた。英語で「Grip Dog」という意味であるGribshundeは、1495年以降バルト海の海底奥深くに沈んでいた。船首像は敵を威嚇するのがその目的だったようで、この空想上の海の怪獣はライオンのような耳に竜のような顔をしており、口には人を咥えている。また、船首像は船の識別をする役割も果たしており、船首像を見るだけで船を認識できるようになっていたようだ。Gribshundeはデンマークのハンス国王が指揮する海軍の旗艦だったが、スウェーデン沿岸を航海中に火災で沈没した。1970年代に発見されていたものの、これがGribshundeだと明らかになったのは2015年になってからだった。

インドの失われた都市

2001年、インド西部にあるカンベイ湾沖の水深120フィートもの海底で、海洋科学者らは古代の聖都ドワールカであると考えられる遺跡を発見した。ここは現在インドで最も調査が行われている海底都市の一つとなっている。広大なエリアに石の構造物が多数発見され、ヒンドゥー教の神話に存在する都市だと推測されている。こうした発見により、考古学者らはドワールカが古代インド西岸で当時最も発展していた貿易拠点であり、有史以来中世後期までの間に築かれ、水没するよりもずいぶん前から存在していたのではないかと結論付けている。

パンテッレリーア島の一枚岩

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2015年、シチリア島付近の海底地形調査中に、研究者らは地中海の海底に沈む39フィートもの長さの一枚岩(Pantelleria Bank)を発見した。その後調査者らは引き続き調査を続けたが、この一枚岩は半分に割れていることが分かったが、回収された遺物から、おそらく10,000年くらい前の中石器時代に人工的に作られたものだということが明らかになった。その岩には同じくらいの大きさの穴が3つ開けられており、海底にある岩とは一致しないため、おそらく何千年も前の当時、たいまつなどをその穴に差し、灯台のような役割をさせていたのだと考えられている。

与那国の水中遺跡

1985年、ダイバーが日本の沖合の海底で、幅600フィート、高さ90フィートの遺跡を発見した。調査の結果、遺跡は紀元前10,000年頃のものと推定されたが、これはエジプトで最初のピラミッドが建設される5,000年以上も前のことになる。ここが水没する以前に、人が砂岩に手を加えたため、直角に切り取られた階段や正体不明のクサビ跡が残っていると説明する研究者もいる一方で、地震によって自然に形作られたものであり、クサビ跡についても岩にできた穴に過ぎないと主張する研究者もいる。

ガリラヤの海にある謎の構造物

写真:Huffington Post
写真:Huffington Post

2003年、ガリラヤ湖の湖底に、玄武岩を円錐形に積み上げた構造物が発見された。重さはおよそ60,000トンと推測され、高さ32フィート、直径は230フィート。一見するとピラミッドのような形で、適当に岩が積み上げられているようだが、間違いなく人工構造物であることが確認されている。これは元々地上に建設されたものが後に水没したと言われている。研究者らはこの構造物が4,000年ほど前の紀元前3千年紀ころのものだと結論付けているものの、その目的については未だに明らかになっていない。

海底のスフィンクス

2014年、沈没船を調査していた水中考古学チームが、バハマ沿岸でまったく予期してもいなかった人工物を発見した。海底で彼らが発見したものは、エジプトの大スフィンクスによく似た石像だった。歴史学者のジャック・ニールソンはこう記している。「この石造物は紛れもなく、中東から運ばれてきたものだと確認された。」そして、それはおそらくエジプトだろう。この遺跡を化学的に分析した結果、ほぼ間違いなく、紀元前3500年に採石が盛んだったエジプトの都市、ワディ・ラハヌ近くの採石場のものであることが明らかとなった。エジプトからどのようにしてバハマまで運ばれたのかは、依然として謎のままであるが、2,500年以上海底に放置されていたと予想されている。

ミシガン湖のストーンヘンジ

2007年、ソナーを使って沈没船を調査していたノースウェスタン・ミシガン大学の水中考古学者マーク・ホリーと同僚のブライアン・アボットは、驚くべき構造物を発見した。石が不自然に並んでいたため、潜って調査を進めたところ、何の変哲もない湖底に石が並べられていたばかりか、そのうちの一つには10,000年前に絶滅したとされる動物、マストドンのような絵が刻まれていた。はっきりとした証拠もなく、調査中ではあるものの、2人の研究者ばかりでなく懐疑的な人々も、この構造物と象形文字らしきものを調査する価値はあると信じている。

ウルブルン沈没船

1982年、海綿とりのメフメット・チャクールは紀元前14世紀、後期青銅器時代のウルブルン沈没船を発見した。考古学者でもない彼が、沈没船だと認識できたのは、海洋考古学研究所が海綿とりを生業としている人達に向けて、こうした遺物の見分け方について教育していたからに他ならなかった。沈没船が発見されたのは、東岸のケープ・グラドニアにほど近いトルコ南西部の沿岸だ。この調査は1984年~1994年までの11年間、数ヶ月ごとに行われ、合計潜水作業は22,413回にも及んだ。その結果、地中海から後期青銅器時代の素晴らしい工芸品や貴金属などが発掘された。

世界最古のオリーブオイル製造所

イスラエルはハイファの沿岸に、7,500年前の井戸と新石器時代の村と思われる遺物が発見された。これらの遺物は先土器新石器時代の村までさかのぼると推測されるが、海面上昇によって現在は海底16フィートに静かに眠っている。この発見から、有史以前の社会がどのように機能し、交易はどのようなものだったのか、また、生存するためにどのように環境を利用していたのかなどについてが明らかになった。さらにこの現場からは、無数の砕かれたオリーブの化石と初期のオリーブオイル製造技術を思わせるもの発見されており、ここが世界最古のオリーブオイル製造所であったのだろうかという疑問を呈している。

元寇の沈没船を発見

写真:Archaeology Magazine
写真:Archaeology Magazine

13世紀、チンギス・カンの孫にあたるクビライ・カンはモンゴル帝国の王として、1274年と1281年、二度にわたって日本への侵攻を試みたが、二度共に、大型台風の襲来により軍船の多くが沈没した。2014年、ソナーを使って長崎県鷹島沖を調査し、海底45フィートにてモンゴル軍船が発見された。潜水作業によって、その軍船の保存状態が比較的良いことが分かっている。今後の調査によって、軍船の目的やその当時の航路などが明らかになることが期待されている。

クレオパトラの失われた王国

エジプトはアレクサンドリア沖でクレオパトラの失われた王国が1,600年の時を経て見つかった。フランス人のフランク・ゴディオ氏率いる海洋考古学チームは、1998年に古代都市の発掘を開始。古代都市は数度にわたる地震や津波に襲われ水没したとされていたが、驚くべきことに、発掘されたほとんどの遺物はほぼ完全な状態で見つかっている。中でも最大の発見は、クレオパトラの小宮殿跡だろう。海底神殿には沈没船、赤色花崗岩の石柱、イシスの女神像の他にも、スフィンクスなどが見つかっている。

ジャマイカ ポート・ロイヤル

ポートロイヤルはかつて、海賊たちが横行し、アルコール(主にラム酒)消費量も多く、売春婦らでにぎわっていたことから、「世界で最も堕落した町」と呼ばれていた。1692年の大地震によって、ポートロイヤルの一部(13エーカー)がキングストン港の海底50フィートに沈んだままとなっている。1981年、考古学者らはテキサスA&M大学の海洋考古学の援助を受け、この失われた町の調査を始めた。調査によって、当時の歴史的文書など、様々な人工物が回収されている。また、建築物のがれきなども無数に残っている。

ローマ帝国のラスベガス

過去に失われた都市の多くと同じように、バイアエもまた、水没後数世紀もの間世界から忘れ去られていた。ナポリ湾を臨む古代ローマの都市、バイアエは、火山活動が極めて活発な場所に位置し、地盤は安定していない。この町は、ローマ皇帝の最大海軍基地、ユリウス港にも近く、かつてのローマの大富豪や皇帝が贅の限りを尽くした場所だとされている。ここはローマ人にとってラスベガスのような町で、特権階級のエリートたちが快楽を追求できる場所だった。現在では、船底がガラスでできたボートやシュノーケリングなどでこの町を直接見ることができる。

地球の割れ目

OLYMPUS DIGITAL CAMERA
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海中に姿を現す大きな割れ目は幻想的で魅力的だが、シルフラにある割れ目(リフト)は次のような理由から他とは違ってユニークだ。まず、北米プレートとユーラシアプレートを隔てる淡水の割れ目であること。次に、毎年2cmの割合で現在も割れ目が広がりつつあること。つまり、北アメリカとヨーロッパは現在も少しずつ逆方向に向かっているのだ。最後に、ここは透明度が高く、世界でも最もユニークかつ美しい景色が見られるということだ。ダイビングの資格を持っており、他の人が行ったことのないような冒険をしてみたいと考えているなら、この地球の割れ目への旅行をお勧めする。

バルト海の「異物」

バルト海の「遺物」は海底で発見されて以来、現在も多くの説が飛び交うなど、人々を引きつけている。2011年の夏、ピーター・リンドバーグ氏やデニス・アスベルグ氏が率いるスウェーデンのトレジャーハンター「Ocean X」はソナーを使って調査をしていたが、「自然の造形物」ではない何かを発見した。タブロイド紙はすぐさま、彼らが墜落したUFOを見つけたと書きたてた。さらに調査を進め、専門家らはバルト海の遺物は自然の地質学的形成ではないかと予測した。この表面から取られたサンプルからは、花崗岩、片麻岩、砂岩が検出された。さらに、火山岩のかけらも見つかっている。こうした調査にもかかわらず、これが第二次世界大戦中に沈没したナチスの潜水艦ではないかと信じている人もいる。

日本の「ミステリーサークル」

日本の奄美大島の海底80フィートを潜水していた水中写真家の大方洋二氏は予期せず「ミステリーサークル」に遭遇した。世界中で見られるミステリーサークル同様、この海底のミステリーサークルがUFOによって作られたのだと主張する人もいた。後に、研究者らは日本のフグの一種が産卵巣として作ることを明らかにした。この小さなフグは地形パターンを利用して卵を守っていることも分かっている。どのようにして作られたのかはさておき、海洋学者らによって以前調査が続けられている大きな発見となった。

黒海の海底を流れる大きな川

河川は何も地上でのみ見られるわけではない。研究者らは黒海を調査中に水中に流れる川を発見した。その川には葉のついた木もあれば、滝も見られ、地表にある川同様に氾濫原もあった。この川がもし地表にあったならば、世界で6番目に多い水量が流れる川となる。これはテムズ川より350倍も大きく、ヨーロッパ最大の川の10倍にもなる。母なる自然は私たちに驚きをもたらすが、この海底を流れる川は私たちを最も驚かせた発見だろう。

ロキの城

2008年に発見されたロキの城は、トール神話とは関係ない上、実際には城でさえない。ロキの城はグリーンランドとノルウェーの間に5つの熱水噴出孔を持ち、そのユニークな構造によって金属が堆積し、320℃にも達する熱水噴出孔から得られる熱を利用して、20以上もの新種の生物が生存している。ノルウェー政府はこの発見に非常に当惑しており、法人企業などが当該エリアから金属を発掘する許可を出してよいものか決めあぐねている。1つの可能性としては、このエリアをイエローストーンのような国立公園とすることだ。どうか、この海底の発見が、今後何世代にもわたって変わらず残されることを願う。

失われたムー大陸

1986年、新嵩(あらたけ)喜八郎氏は「失われたムー大陸」を発見した。この発見が実際に失われた大陸であったのか否かについて、未だに物議を醸している。ムー大陸はかつてはアトランティスのような大陸であったと考えられている。ムー大陸を自然災害が襲い、すぐに沈没してしまったため、そこに住んでいた人々は逃げることを余儀なくされたという。研究者らはムー大陸にいた人々がエジプトやメソアメリカのような文明を築いたと信じている。新嵩氏は海底20フィートで他にも様々な遺物を発見している。海神らの台座は土台が250フィート、高さ80フィートもあり、これが海底100フィートに横たわっている。研究者らはその後まもなく、この構造物が中新世前期ころの八重山群島にある目の細かい砂岩と泥岩でできていることを確認した。

アゾレス諸島の水中ピラミッド

これまでに列挙した素晴らしい海中遺跡の多くは、専門の海洋学者や潜水士によって発見された。しかしながら、アゾレス諸島の水中ピラミッドは、アマチュアのヨットマン、ディオクレシアーノ・シルヴァ氏によって発見された。同氏がポルトガルはアゾレス諸島をヨットで航行中、ソナーがサンミゲル島とテルセイラ島の間に何か大きい物体をとらえたのだ。最初の調査によると、構造物は海底40メートルに横たわり、高さおよそ180フィートのピラミッドのように見えた。研究者らはこのピラミッドが人工物なのか、自然現象で作られたものなのか結論を出せていない。研究者の中には、この発見がついに謎のアトランティス大陸の発見のカギとなるという人もいる。

ジェムチュク・キャニオン

ジェムチュク・キャニオンは、世界最大かつ最も深い海底峡谷だ。ベーリング海に横たわるこの峡谷は深さ1.84kmで、グランドキャニオンよりも深い。この巨大な峡谷の流域面積は11,350㎢、流量は5,800㎦である。ジェムチュク・キャニオンでは、冷たく、酸素を多く含んだ水が地中深くから湧き出ており、ここを住みかとする多種多様な生物に栄養を与えている。驚くことに、研究者らは世界のもっと水中深くには、まだ発見されていない海底峡谷があると考えている。

失われたマハーバリプラムのパゴダ

インドはマハーバリプラムの民は、幼い頃より失われた歴史物語を聞かされて育った。何世紀もの間、この地域には壮大なパゴダが7つあり、神々を嫉妬させ、そのうち6つが水中に沈んでしまったと人々は話している。歴史学者らは長い間、この話は神話に過ぎないと考えていたが、2004年、同エリアを津波が襲い、その後海岸線が500メートルほど沖に移動した。この自然災害により、大きな岩が真っ直ぐに並べられ、石像や小さな構造物が発見された。インド考古学協会とインド海軍はすぐに他の遺物についても調査を開始した。その後まもなく、大きな岩の列は、高さ6フィート、長さ70メートルの壁の一部であったことが判明した。その他の水中寺院や石窟寺院も海岸から500メートル以内で発見された。この発見がパゴダの神話の一部を実証するものなのかどうかについては、未だに明らかになっていない。

マリアナ海溝

マリアナ海溝は世界で最も深い海溝だ。この海溝は1875年、太平洋に浮かぶマリアナ諸島の東側で発見された。海溝の長さは11キロメートルに広がり、深さはなんと、36,201フィートにも及ぶ。海溝で生きられるのは、ごくわずかな海洋生物で、そのほとんどがクセノフィオフォラと呼ばれる単細胞のアメーバで、4インチ程度の大きさだ。また、マリアナ海溝には、海底を住みかとする平らな魚やエビと微生物がいる。その深さのため、1960年代以降、最深部の海底まで到達した有人・無人探査機はほんの4台しか存在しない。

ゴンドワナ大陸

地球の大陸がそれぞれ離れて今のようになる以前、ゴンドワナと呼ばれる超大陸が存在した。インド洋のパース深海平原の地図を作成するため、国際的なチームが組織されるとすぐに、科学者らは水深1.5キロメートル(0.9マイル)に沈没した2つの島を発見した。面積はほぼタスマニア島と同じくらいで、かつてインドとオーストラリアと繋がっていた「微小大陸」と考えられている。かつては大陸同士を結び付けていたゴンドワナ大陸の一部が、インドとオーストラリアが離れたときに島となったのだろう。研究者らはこうした微小大陸の研究をすることで、プレートテクトニクスによってインドやオーストラリア、南極ができたという従来の説を変えることができると信じている。

地殻の抜け落ちている場所

地球に穴が開いていることを知っていますか?科学者らはその理由を正確には明らかにできていないが、仮説を立てている。研究者らは海底を調査していたとき、大西洋のカリブ海諸島とカーボベルデの島々の間にすき間を見つけた。これは水深3マイルほどの位置にあり、ここだけ地殻がなくなっているようだった。海底はたいてい4.3マイルの厚さだが、表面から数千マイルほども地殻がないのは「驚くべき」量のように思われる。また、ここで蛇紋岩が見つかっている。蛇紋岩は、海水がマントルと接触するときに形成されるため、科学者らは通常のようにはマントルが溶けなかったのだろうと考えている。これは何か衝撃的な出来事によって割れ目が生じ、地殻の弱くなった部分がそのまま残ってしまったと推測される。

原因不明の大量の植物プランクトンブルーム

NASAの科学者らは北極海の探索中、海氷の下に何かを見つけた。それは植物プランクトンの大増殖で、72マイルにも及んでいた。これまでは、夏に海氷が溶けたときのみ見ることができたのだが、このときは3フィートもの氷の下で見つけたのだ。不可解なことには、この有機体は一日に数回も分裂して数を増やしている。通常の海では、増殖は十分に太陽の光がある場合にのみ起こるが、それでもたいてい2~3日に一度の割合だ。北極海の植物プランクトンブルームは今やこの種においては最大で、おそらくこれは地球温暖化で氷が薄くなり、太陽光が届くようになった結果だろう。このまま植物プランクトンが増え続ければ、食物連鎖が変わり、結果、海洋生物を餌とする動物は飢餓に苦しむことになるだろう。

ビミニ・ロード

ビミニ・ロードが最初に発見されたのは、1930年のことだった。バハマにあるこの「道」は20フィートにも及ぶ、謎の通路である。およそ90年経た現在も、研究者らはこれが人工物なのか母なる自然が生み出したものなのか、結論を出せていない。また、これが謎に包まれた、失われた都市アトランティスの残骸ではないかという説もある。どのようにビミニ・ロードができたのかについて未だに議論がなされているが、バハマに来てダイビングを楽しむ者たちにとっては、この遺跡は人気の名所となっている。この地を訪れた者たちは、どのようにしてこの謎の遺跡ができたのかについて、それぞれが思いを馳せるのだ。

謎のジュリア・サウンド

アメリカ海洋大気庁(NOAA)は1999年、太平洋の海深くで機器が拾った不気味な音を記録した。うーうーといった奇妙な音はおよそ15秒間続いた。NOAAは南極の氷山が海底から上昇する音ではないかと推測している。諸説あるものの、このジュリアサウンドの原因について確かめることはできないだろう。これまでに調査が行われたは海のたった5%に過ぎず、今後も謎の不気味な音が聞かれることは大いにあるだろう。

海に沈んだ1850年代の機関車

これは古代の遺跡ではないかもしれないが、同じくらい謎に包まれている。1985年、1850年代の蒸気機関車が複数、海底で発見されたのだ。この機関車の墓場ともいえる場所は、ポール・ヘプラーが磁気計を使ってニュージャージー近郊の海底を探索しているときに偶然見つけたものだった。彼は「初めはなにか分からなかったよ。だって、水は濁っていて当時は視認性が良くなかったんだ」と地元の新聞社に語っている。「後にダイビングでよく見てみたら、それが機関車だってことが分かったんだ」。しかしながら、ヘプラー氏が発見した2台の機関車が廃棄されたという公式記録は存在しない。